ブルネイ
 
観光の穴場
 
 人口三十二万人のブルネイに年間四十万人近くの外国人が訪問している。この内訳は観光とビジネスを含んでおり、これを分けた統計は作っていない。四十万人の内の一千人程度が日本人。
 ブルネイは観光地としても穴場的な存在だ。一般に高いと思われがちのブルネイへの航空料金もブルネイ航空がシンガポール、マレーシア航空との競争路線で比較的安い。
 ブルネイには東南アジア最大級のモスクも多く、夕刻からはライトアップされて異国情緒を誘う。数年前に完成したイスラム建築の大博物館である「リガロイヤルセンター」も入場料は無料でブルネイの歴史を実物で学ぶことができる。ゴルフ場もシェルが造ったコースがある。すぐ隣のマレーシアのサバ、サラワク州とは航空路で結ばれており、タックスヘイブンとして知られるラブアン島は船で二時間、空路二十分で行けるのでこれらを組み合わせたユニークな旅行商品が企画できるはずである。
ブルネイの「ディズニーランド」は無料
 
 かつてボルキア国王が四十七歳になったことを記念して一九九四年に、首都のバンダルセリベガワン中心部から車で半時間の海岸に巨大な遊園地をオープンした。「ジュルドン・パーク(JERUDONG・PARK)」と呼ばれており、年々拡張が進んでいる。天然資源の収入で潤うブルネイが余剰の資金を投入、二年がかりでブルネイ市民のために完成させた大遊園地であり、「東京ディズニーランド」より巨大であり、駐車料金をはじめとして何もかもが無料というパークがあり、これぞブルネイの良さと感じさせる。「東京ディズニーランド」と「後楽園遊園地」などをプラスしたような規模。広さだけではなく、最新型の宙返りコースター各種や、三次元映像を駆使した宇宙ロケット、回転しながら高く登れるタワーもある。

 このブルネイの「ディズニーランド」では入場料が無料であるだけではなく、先にあげたすべての乗り物はまったく無料である。「東京ディズニーランド」で長蛇の列で待つことも日本の若者のファッションであるそうだが、ジュルドン・パークでは、ほとんどの乗り物の待ち時間はゼロ。「東京ディズニーランド」の真似なのか、長蛇の列をさばくことを想定した鉄パイプでできた通路が用意されているが並ぶ人がいないのだから、これはまったく不要である。しかし決められた横断歩道を渡らないとすぐに警備員に注意をされるなど警備面もしっかり。やはり「ディズニーランド」のように、歩き疲れた訪問者を運ぶためのミニチュアの小鉄道が、ジュルドン・パークの全体の半分にあたる地域を結んでいる。この遊園鉄道に乗る料金も無料だ。

 夕刻五時から午前〇時まで、休日は午後二時からだが、営業時間外でも乗り物にこそ乗れないが誰でも入れる公園になっている。訪問者数が少ないのに夜な夜なネオンサインの洪水がこの「ジュルドン・パーク」で見ることができる。米国でディズニーランドのアトラクションを建設したエンジニアを招いて、ディズニーランドにあるものと同じような「ウオータースライド」という新しい乗り物を稼働させた。一九九六年七月一五日の国王の誕生日前後には国王五〇歳を記念して完成したばかりの円形劇場に米国からマイケルジャクソン、スティービーワンダーという世界的な人気歌手を呼び入場料無料のコンサートも開催された。同日は、ブルネイに近いマレーシアのラブアン島やクチン方面からブルネイのホテルに宿泊できないほどの人が見物に来た。

 このジュルドン・パークは、娯楽に乏しいブルネイ人のために開設された施設であるのだが、今後はブルネイがEAGA地域のセンターとなり、海外から観光客を呼びよせるためにこのジュルドン・パークを利用していこうと考えている。すでに近隣のマレーシアのサバ、サラワク州住民の訪問も増えて人気を呼んでいる。
天然ガスのすべて、石油の三ブンの一を日本が買っている。

 ブルネイはインドネシア領が半分以上を占めるボルネオ島(カリマンタン)の北西部に位置し、マレーシアのサバ州とサラワク州との間に挟まれた国で国土は五千七百六十五平方キロ。しかしシンガポールの九倍の広さがあり、南シナ海に面してブルネイは東西二分された地形である。小国であるだけでなく国土の七〇%程がジャングルで覆われている。一九九五年のブルネイの人口は、三十二万人。民族ではマレー系が約二十万人の他に中国系約五万人などからなる多民族国家で、イバン族、ドゥスン族との混血も多い。

 王国のブルネイは一六世紀にはフィリピンやカリマンタンでもっと広い国土を持っていたが一九四六年にはラブアン島を英国に割譲したなど国土を狭めてきた。一九六三年にマレーシア連邦が発足した時に同連邦に加盟しなかった。一九六二年の『アザハリの反乱』で非常事態宣言が発令されたが、一九六七年に第二九代国王として今日までのハサナル・ボルキア国王が統治している。現ボルキア国王は、首相の他、国防大臣も兼任し軍を掌握している。ブルネイは一九八四年に英国から独立した同年、英連邦に加盟、一九八四年一月にはASEANにも加盟した。

 ブルネイの一人当り国内総生産(GDP)は一万七千米ドルと、その高さはアジアではシンガポールにつぐもの、台湾よりも高い。ブルネイがそんなにリッチである理由は、昔からブルネイ近海での石油埋蔵が知られていたが、一九六四年以降にシェル資本と組んで石油・液化天然ガス(LNG)資源を開発してきたためである。これまでにアジア有数の輸出国となっており、LNGは世界第四位、石油はインドネシア、マレーシアに次ぐ生産高を誇っている。ブルネイの電力事業の民営化はまだだが、狭い国内だが三カ所の発電所があり、ガスタービンを使って発電している。自国で産出する天然ガスをそのまま生の燃料としてガスタービンに送って稼働させているものだ。いったん蒸気にしないで生ガスを直接燃やすという発電方法は資源国ならではで、日本ではコストが高くてできない方法だ。

 ブルネイ政府は今、「経済の多角化」と「人材の育成」を引き続く目標として取り組んでいくものと見ている。教育重視の一貫としてブルネイ人がシンガポールなどに海外留学する場合、そのすべてのブルネイ人に対してブルネイ政府はその学資だけでなく生活費も支給している。シンガポールのリー・クアンユー元首相とブルネイのボルキア国王は仲良しであるとされ、両人は相手国を頻繁に訪問してもいる。ボルキア国王はギネスブックにも世界一の富豪とされており、国王はシンガポールのホテルを保有している他、オーストラリアには自国ブルネイより広い土地も保有する。

 シンガポール・ドルはブルネイで広く使え、その交換レートも長く一対一であり。現在のシンガポールとブルネイの一ドルはそれぞれ約八〇円。英語教育を充実させている点も両国は共通し、ブルネイでも英語は広く通じる。最近、ブルネイにはシンガポールに負けない規模を誇るハイテク総合病院である「ジュルドン・メディカル・センター」も完成した。従来はブルネイや近隣諸国の病人がシンガポールにまで治療に出かたが、今ではインドネシアなどから治療に来る人もいる
脱「石油、ガス」を図るブルネイ
 
 豊かなブルネイだが、これまでのように石油と天然ガスだけに依存した経済では収入が一元的で危険であることに気付いた。そこでブルネイ政府では近年、脱「石油、ガス」の経済構築に取り組み始めた。二一世紀のいつの日にか石油や天然ガスが掘り尽くされた後のことも考え始めた。

 四万人もが公務員だが、ブルネイ政府はこれらを民間に就職させたい計画がある。また、GDP(国内総生産)に占める石油・天然ガスが八割を占めていたが、これまでに五割に低下させ、サービス部門を伸ばしている。具体的には第一次資源産業省(MIPR)が中心となってこれまで軽視してきた製造業を盛り上げていきたい方針である。第一次資源産業省(MIPR)大臣を会長とする「セマウン(SEMAUN)ホールディング」という政府一〇〇%出資、資本金五億ブルネイ・ドル(約四〇〇億円)の投資会社を一九九四年一二月に設立した。「セマウン」は、地元企業と競合関係にならない海外投資であれば、戦略的に受け入れて投資の支援、国内企業の対外投資も援助していく方針である。外資受け入れ形態で、外資一〇〇%出資も認め、優遇措置も与えている。海外投資の許認可を行っているのは、大蔵省管轄のBIA(ブルネイ・イオンダストリー・エージェンシー)。港湾の輸出区域は交通省、石油・天然ガス関連は首相府とブルネイ・シェルが担当しているなど担当部署が異なるのでこれら他の部署とも連絡を取りあって外資を誘致している。一九九六年度で「セマウン」が投資したプロジェクトとして@水産漁業Aコンピュータソフト開発Bエレクトロニクス部品・設計C食品加工Dテクノロジーパークがある。シンガポール企業とも水産加工会社を設立している。

 ブルネイに一〇カ所の工業地区がありMIPRが管理している。たとえば首都バンダル・セリ・ベガワンから車で三〇分程の海に突き出た地にある「セラサ(SERASA)工業団地は一九九一年から開発が進められ、八六件の工場を誘致する計画もできている。だが、現在までにセメント、アパレル二社、ペンキ製造など四社ほどだけ。
 バンダル・セリ・ベガワン近くのベリビ(BERIBI)工業団地で拡張を続けているマレーシア系のPKS社社長はトニー・ング(MR TONY NG)氏というマレーシア人。まだ三〇代のトニー・ング社長は高卒のみの学歴で、マレーシアの半島北部のペナン出身。十数年前、ペナンでブルネイ政府がスイッチボード(電源盤)」を国産化したいので手伝って欲しいという広告をつけたングさんはブルネイにやってきた。

 ブルネイ政府に手伝ってもらってまず小さな工場を立ち上げたが、ブルネイの電源盤製造のパイオニアとして業容拡大が続いた。初年度の売上高は一〇〇万ブルネイ・ドルだったが、すでに十倍以上の売り上げ高になった。インド人、フィリピン人、タイ人と五民族が同社工場に働いているが、工場労働を嫌うブルネイ人も同社工場ではよく働いている。公務員になることを希望するブルネイ人が多いが、モノ作りの楽しさを知った人々だ。
EAGA(東ASEAN成長地帯)のセンターを目指す。

 ASEANのメンバー国であるブルネイは、他のASEAN諸国と連携してAFTA(ASEAN自由貿易地域)での域内経済協力を進めている。フィリピンのラモス大統領が提言して開始された「イアガ(EAGA)」と呼ぶ東ASEAN地帯の経済発展を目指す構想に積ブルネイは極的に参加している。ブルネイ総理府次官のダト・パドゥカ・ハジ・モハマド・アリミン氏は、「EAGAに参加しているASEAN4カ国の内で、国土の全体として参加しているのは四カ国でブルネイだけで。EAGA計画の輸送、漁業、観光面で中心的な国になりたい」と言う。

 同構想は正式には「BINP−EAGA」と呼ぶ。「BINP」はブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンの四カ国で進めているプロジェクト。一九九三年四月にフィリピンのミンダナオ島のダバオで開催された初の閣僚会議でフィリピンのミンダナオ島、ブルネイとマレーシアとインドネシア領に分かれるボルネオ島、インドネシアのスラウェシ島を対象として新たな三角地帯として経済開発を進めていこうという構想。その後、フィリピンのパラワン島、インドネシアのイリアンジャヤなど一〇地域がこの対象となっている。

 「BINP−EAGA」が誕生して以来、すでにマレーシアのクチンとインドネシアのポンティアナク、コタキナバルとダバオ、バンダルスリブガワン、ミリなどの間に新しい航空路が開設されたようにこの地域の経済交流が進んでいる。
 また「BINP−EAGA」構想を進めていくためには民間部門の参加も欠かせないとして、「東ASEANビジネス評議会(BIMP−EABC)」が一九九六年九月九日に結成、ブルネイに「BINP−EABC」の常設事務局が設置された。「EAGA」の民間部門を代表する機関として設立されたもので、EAGA内のビジネスチャンスを提供、民間企業との交流を活性化することをねらっている。

 EAGA(東ASEAN成長地帯)の経済開発を進めていくにあたって、地理的にもその中心的な存在であるブルネイは、「SHuTT」(貿易と観光のサービスでハブになること)計画も進めている。航空・海運・陸上輸送のリンク、通信、保険・人材育成などのビジネスをサポートするサービス産業も誘致し、これらインフラを整備していく計画である。
熱心なイスラム教徒
 
 ブルネイ人は熱心なイスラム教徒がほとんどで一二歳になると一日五回のお祈りを欠かさない。名前に「HAJI」がついている人はすでにメッカへのお参りを済ませた人である。頭部をトゥドン(TUDUNG)と呼ばれるスカーフで覆った女性に対してはカメラを向けるのは失礼だ。モスクなど宗教施設の内部撮影ももちろん厳禁。

 道を聞いてもブルネイ人は親切であり、町を夜中に歩いても恐い思いはない。国名のブルネイ・ダルサラムの「ダルサラム」には「安全な場所」という意味があることに恥じない国作りを目指しており、麻薬所持や殺人に対しては死刑を含む厳罰が待ちかまえている。イスラム国だが十二月二十五日のクリスマスは国の祝祭日として祝う。

 ブルネイでは一流ホテルでも酒類のサービスはまったくない。部屋の冷蔵庫にビールが入っていてもそれはノンアルコールのビールである。ホテル内のレストランでもまず酒は出されない。酒類の販売が禁止されているからである。観光客が自分で飲むためにブルネイ国内にウィスキーなどを一本だけ持ち込め自分の部屋で飲めるが、国内で酒を購入することは観光客には難しい。

 センター・ポイント・ホテルのロビーに隣接している日本料理店でも「ビールはありません」と断られた。中国系レストランでは酒を出す所もあるがヤミ行為である。
世界最大の水上村落
 
 ブルネイと聞いてすぐ水上村落(カンポン・アイル)をイメージする人も多い。約三万人が住む世界最大の水上村落があり、住民の九九%がマレー系。海とつながっているブルネイ川には無数のコンクリート製の杭が打ち込まれており、その上に住宅が広がっている。水上村落では、電柱が多数あり、夕暮れからは街灯が点灯する。水道、電話網も張り巡らされている。ゴミは指定日に集めて陸上のゴミ収集車で運ばれている。モスクもあちこちにあり、それらを木製の板を張った通路で結んでいる。河にそったジャングルには空き缶がいっぱいぶら下がっているが中には赤ちゃんのへその尾が入っている。子供の安全祈願の缶なのである。

 日本製モーターをつけた高速ボートである、水上タクシー多数が、バンダルセリベガワン中心部と水上住宅地域の間をおそろしい程のスピードで往復している。水上村落の住民の多くはこの水上タクシーで通勤しているのだが、こんなにスピードを出す船がいっぱいあってよく事故が少ないものだと感心してしまう。昔は漁業で生計をたてていた水上村落の住民だが、今やほとんどがサラリーマンで公務員が多い。水上タクシーの多くはチップを払うと自宅内を見学させてくれる。訪問した水上タクシーの運ちゃんの家の各部屋にテレビ、ビデオもあり、メイドさんの部屋ではメイドさんが赤ちゃんをあやしながら、数台のテレビを同時に異なるチャンネルを楽しんでいるのを見て失笑した。これも観光客向けの「ヤラセ」の感じがしないでもないのだが、隣の部屋ではまだ昼間だというのに、突然わけのわからないお兄さんが入ってきてカラオケを楽しみ始めた。水上住宅の住民も車を持つ人が多いが住居から近い陸上に駐車場を確保している。

 バンダルスリブガワンの陸上部のあちこちに、五〇坪程の一戸建てがずらりと並ぶ住宅団地が建設されているが、一軒が八万ブルネイ・ドル(一ブルネイ・ドル約八〇円)程度だという。水上生活者を陸上生活者にしたいという政府の方針もあるが、陸に移る水上のブルネイ人は少ない。やはり長く住み慣れた場所が一番なのであろう。実際に火事で焼けてしまった代替え住宅がブルネイ川の中に水上住宅団地として最近も政府が建てていることから判断してブルネイ政府は彼ら水上住民を陸上に移住させたい方針があるが、最近でも火事で家を失った水上居住者のために水上の新しい村落を国で建設したことを見ても、水上住民の感情を重んじているようだ。
一流ホテルにもアルコールはない
 
 首都バンダルスリブガワンホテルは一流ホテルが五カ所ほどあるが。そのひとつが「シェラトン・ウタマ」ホテルである。「ウタマ」はナンバーワンという意味で、世界的なホテルチェーンであるITTシェラトンが運営するホテル。百五十四室とこじんまりしたホテルだが空港方面から来て、ダウンタウンの入り口にあり目立つ。他に、「リバー・ビュー・イン」、「ブルネイホテル」などがある。バンダルスリブガワンの商業地区であるガドン地区の「ザ・センター・ポイント」である。
 またジュルドン・パークに近い海岸では、大規模なリゾートホテルの建設工事が最終段階のまま、すでに数年もオープンに至らない。一九九七年に予定しているが、ブルネイで初めてナイターのゴルフもできるリゾートホテルで超高級ホテルになる計画だった。ホテルに隣接してブルネイで三番目、一八ホールのゴルフ場もオープンを控えている。隣接するマレーシアのサバ州、サラワク州からの客も期待しているが、ブルネイのホテル料金は高すぎる。
医療費は外国での手術も含めて無料
 
 人口三十万のブルネイは六万の外国人労働力を抱えている。労働人口でみると半分近くが外国人である。マレーシア、タイが二万人を超え、ついでフィリピン、インド、バングラディシュなどからが多い。マレーシア人は技術、語学などの得意な技能を生かせる職についている人が多い。

 十年ごとに行われている国勢調査では一九九一年の就業者は十万七千人でその四六%にあたる四万九千人が公務員で民間部門は同五四%の五万八千人だった。在ブルネイ日本大使館によると、九四年に行われた労働力調査では民間部門の就業者は八万人に増加しており、その内の外国人労働力は七八%にあたる六万二千人。九〇年比で二万七千人増えた民間部門の労働力増加分の内で八八%が外国人である。

 ブルネイ企業がこれら外国人労働力を輸入するためにはブルネイの労働省から認可を得る必要があるのだが、違法労働の取締りはそれほどには厳しくないようだ。ブルネイ人は官庁関係の仕事についている人が多い。官庁勤務を希望する人が多いのは、安定的であり、給与がよく、社会保障などの恩典も大きいからである。午前八時から午後四時半までがだいたいの勤務時間だが、イスラム教徒のラマダン(禁食)期間中では、民間部門ではいつもの勤務時間であるのに、公務員は午後二時か三時には帰宅が許されるという公務員ならではの勤務の甘さなども魅力になっている。
 ブルネイに最低賃金制度は無いが、道路工事など単純労働に従事している人のほとんどすべてが外国人で、月八百ブルネイ・ドル、日給二十ブルネイ・ドルなどで働いている。

 大卒公務員の初任給は月二千五百ブルネイドルで大臣は四万ブルネイドルと言われる。技術者であるという空港で働く中年のマレー人エンジニアは月給二千五百ブルネイ・ドルと言っていた。医者は六千ブルネイドル位はもらえるが、バンダルスリブガワンで観光ガイドをしていたある日本の若い女性は一千二百ブルネイ・ドルだそうだが、「寮費が無料であるのでなんとか生活している」と言っていた。
リッチなブルネイ人
 
 ブルネイでは二人に一台の自動車を保有しており、オーバイや自転車で走る人は見かけない。ブルネイでは自動車の急増を心配して自動税があるが、それをを除けば個人にかかる税金はほとんど無い。国民を国際化させるため、生活費付きの官費の海外留学制度を完備している。

 ブルネイ人は空路二時間足らずのシンガポールにでかける人が多いという。タイやマレーシア半島部と異なって、ブルネイでは十一月から一月までが雨期。この期間は学校が休みである期間も含まれているので、多くのブルネイ人がマレーシアやシンガポールなど外国に観光、ショッピングなどに出かける。

 しかし野菜など生鮮食料品までシンガポールに買いに行くわけではない。野菜のいくつかの種類とか卵などはブルネイ国内でも生産している。だがほとんどの食料は主には隣りのマレーシアのサバ州、サラワク州から輸入されている。漁港で聞いたのだが、ブルネイで採れた高級魚は国内で消費するが雑魚は隣国に輸出してしまうという。安い魚はいらないというわけである。市場で値段を調べてみたところ、だいたいの商品が日本の半額程度。鶏(ニワトリ)は一羽二千円程度と安くはない。日本の寿司などの食料品が日本よりも高く売られていた。また、ダウンタウンのショッピングセンターではマクドナルドやケンタッキーフライドチキン(KFC)、ピザハットもある。
(アジアジャーナリスト・ 松田 健)
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