「韓国・三星電機金型工場訪問記」
 
〜技能から技術へ、IT化と金型技術の融合を目指す〜
 

1)はじめに

 10年数年ぶりにトップクラスの韓国金型工場を見学した。
 2000年も押し迫った12月中旬、韓国の電子産業のトップメーカー三星グループ内で第3番目の規模を誇る「三星電機」の金型工場を訪問した。
 同社は、ソウルから車で約1時間30分くらい離れた水原にあり、水原といえば三星村といわれるほど、グループ企業が集まっているその一角にあった。
 かつて、筆者が「型技術誌」の編集部に在籍していた10数年前にいずれ日本の技術はアジアに流れ、「水平分業」時代に入るのではないかという思いから、毎年、韓国や台湾を始め、香港・シンガポール・タイ・マレーシア等に金型技術の取材に訪れ、その状況をレポートしてきた。
 当時、アジア各国は、自前の金型を製作する力は弱く、精密金型になると日本からの輸入に頼り、金型の補修やその部品の製作が中心であった。しかし、アジア各国の政府レベルではサポーティングインダストリーとして、金型の重要性への認識が高まり、韓国では大学に金型専攻学科の設置、シンガポールやマレーシア、香港等では日本の金型技術の導入、金型の技術訓練センターの設置、日本からの金型技術者の指導に熱心な姿勢を示し始めたころであった。
 さらに、円高の影響に伴い、日本の自動車、電気・電子産業が安いコストを求めて、アジア各地域へ進出、金型技術も一緒についていくという、金型は日本国内のものというこれまでの慣行が徐々に転換を余儀なくされてきた。

トップへ

2)金型は日本の独断場か

 話は変わるが筆者が、2000年の9月末まで、勤めていた「エレクトロニクス実装学会」は、プリント配線板や実装基板を研究する学術団体であったが、この学術団体を取り巻く産業であるプリント配線板は、機械技術の重要な技術を支えている金型と瓜二つの産業であるのには驚きを覚えた。それは、

 @ その重要性が、たまたま、電子産業であるか、機械産業であるのかの違いだけであり、また、金型がツールであり、プリント配線板はデバイスという違いだけであった。

 A 産業規模が両産業とも大体1兆円か1兆5千億円くらいの間を示している。

 B 企業規模も中小企業が支え、最近は内製をする大手企業が撤退してきている。

 C さらに、韓国、台湾、最近では中国の生産が増えてきており、簡単な両面板等は競争力がアジアに移り、マザーボードは台湾がトップを占めている。わずかにその技術力を誇っているのは今、世界の注目を浴びている「携帯電話」に組み込まれている「ビルドアップ配線板」だけである。

 これは金型も同じで日本の家電製品の金型やパソコンのコネクタ用金型は、すでに韓国や台湾にシフトしており、これまで、日本人の器用な腕を誇った工芸製品である金型加工も放電加工機械、マシニングセンター、ラピッドモデリング、3DCAD等の最新機械による製作システムが取って代わることにより日本の金型作りの「独自性」が失われてきている。

トップへ

3)韓国金型の技術水準

 今、日本は消費が冷え込み、かつての"大量生産"は意味を失ってきた。僅かに「ユニクロ」文化?とも言われる、極端な低価格衣料品がブームを呼んでいるが、日本人のセンスと品質にこだわりながら、中国で製品化して販売するシステムの構築で、売れに売れている。
 金型がなぜ、必要になってきたかは、新製品の開発競争時代に、いち早く金型を起こして、市場を占有するという単純な原理からで、大昔の中国で「銅銭」が鋳造で作られた状況とは異なっているが、「大量」というキーワードが金型の基本的なコンセプトである。それが、精密であるのかどうかは、次に段階に移る。
 それでは、日本についで、アジアではどこの国の金型が競争力を持っているのかについては、本誌の特集「海外における金型技術の動向(Vol.15 No.12)」で、河野泰久氏(MASTEC)が「金型製造力の国際比較」をされているが、それによると韓国金型技術はコストでは50%、品質では90%弱、納期では40数日、調整回数では4回くらいという数値を紹介されている。比較されているのは、自社MASTEC、シンガポール、マレーシア、韓国、日本である。
 これを見ても韓国金型の技術水準が日本に切迫していることが垣間見られる。これは古い話であるが、今から10年程前には、韓国金型技術の水準が、1960年代は20年の格差、1970年代は15年の格差、1980年代は10年の格差、1990年代は5年の格差があり、その格差の要因は設備投資、技能者の養成、金型製作経験の未熟さ等が指摘されていた。
 しかし、今、日本に入ってきている電気製品のラジオ、ラジカセ等のディスカウント製品はほとんど中国製品で、台湾製、韓国製はその範疇に入っていない。つまり、韓国、シンガポール、香港、台湾製品等は日本製品とほとんど同じレベルの価格で、日本の家電量販店では、ディスカウントの目玉製品として扱えないレベルまでその製品の水準が上がってきていることを証明している。
 最近の韓国金型産業は、「韓国金型工業総覧(1998年・韓国金型工業共同組合編)」によると、図1〜図3のようになっている。注目すべきは生産額において、アメリカ、日本、ドイツについで世界第4位を占めていることである。

トップへ

4)三星電機の概要

 韓国のトップ企業である三星グループの有力な位置を占めている三星電機は、2001年の売上高は4820億円,総輸出比率が売上の80%を占める電子部品メーカーである。 韓国が日本に比べてデジタル化が進んでいることは、金大統領が'99年3月に「サイバーコリア21」を発表し、2002年までに情報化先進国になるという目標を設定した。インターネット普及率が97年に4%だったものが、2000年には35%に上昇。
 同社もインターネットとネットワーク事業を強化して、世界10大インターネット専門企業に転換するとトップからの大号令がかかっている。
 同社の沿革を見ると、1973年に三星サンヨー・パーツとして設立された。現在、資本金は345億円、総従業員数は33,000人(国内13,000、海外20,000)。金型工場には136人余(海外工場と部品加工部門を含めると300人)の人材が配置されている。
 1987年に現在の三星電機と社名変更をし、韓国内だけでなく、積極的な海外展開を図り、ポルトガル・中国東莞市・中国天津・タイ・フィリピン・ハンガリー・インドネシア・メキシコ等、7カ国8ヶ所の工場、45ヶ所の販売拠点を展開している。

 

 製品は大きく分けると次の5つの分けられる。
 @ Passive&基板(chip部品・プリント基板・コンデンサー等)
 A コンピュータ部品(モニター部品・アダプタ・コンバータ・キーボード・精密モータ・USB等)
 B 移動通信部品(モジュール類・フィルター類・誘電体フィルタ・水晶発信子等)
 C インターネット・ネットワーク製品(USB・PCカメラ・モデム・PDA・CATVコンバータ等)
 D AV部品(映像部品・オーディオ部品・衛星製品等)

トップへ


5)三星電機の金型

精密射出金型

 @ IT化と金型技術の融合

精密プレス金型

 同社の金型工場は、技能より技術、ハードウェアよりソフトウェア、経験よりもデータベースを重視し、時代の先端を行くIT化で武装している。
もちろん金型産業は経験を重視する技術であるが、その体験した経験を分析し、実験を加え、より最適化されたデータベースをもとに制作するのが、新しいデジタル時代の差別化された金型作りとなる。
 崔常務は、「未来の金型技術の競争力はIT化と金型技術を如何に融合するかによって、金型技術は差別化される」という信念をもとに10年前から実践してきており、大卒の新入社員が入社するとまず、3年間は直接機械加工等の実務を経験させる。その後、要素加工部品の技術開発やソフトウェア開発業務を担当させて経験を積ませる体制をしいている。
 また、金型製作の中でいろいろ特化されている技術の一つがE-CIM体制である。これは、製品3Dモデリングデータをネットワーク上で貰ってからRP制作、射出成形解析、短納期簡易金型製作システム(同社ではQDMという)や3Dbased金型製作システムの確立であり、これにより初期品質の安定化と納期短縮を実現している。
 さらに金型工場の現場には二つのネットワークが構築されている。一つは独自開発したソフトウェアとしてバーコードによる「リアルタイム金型生産管理システム」、もう一つはCNC工作機械を制御するDNCネットワークである。
 ネットワークライン上には、自動NCデータ生成ソフトウェア等、100個以上の自主開発した専用ソフトウェアが同社の金型技術の競争力を培っている。

FBT 部品
精密DC Moter Core 部品
VTR Deck 部品
Head Phone Stereo Desk 部品
写真1 プラスチック型、プレス型とその製品例

 A 金型技術の沿革

 これまで、同社の概要に触れてきたが、同社部品製造の全てのキーテクノロジーを引き受けてきたのが金型製造部門である。
 写真1に示したように5部門に分かれた製品群を細かに見ると、精密電子・電気部品が並んでおり、これらの部品の品質を維持するのは、基本的な技術の積み上げがないと製品としての信頼性が保証されない。
 今回、この金型工場の統括責任者である崔翔錬金型開発室長(常務)にインタビューし、金型工場を案内してもらうと同時に、写真撮影も二つ返事で快諾された。
 同社の金型工場は、日本の大手内製金型工場に見るごとく、常時22℃±2℃、湿度55%以下に管理され、アジェ、ムーア等の優秀な世界の工作機械がずらりと並んでおり、10数年前に韓国の大手企業から引き抜かれてきた崔常務は、現在の同社の金型技術を育ててきた功労者である。

表 1
区 分
設備名
台数
Cutting
NC Lathe
1
NCMillingMachine
3
MillingMachine
3
CNC Die Sinking & Engraving Machine
1
Machining Center
6
jig Boring Machine
2
Grinding
Surface Grinding Machine
2
Forming Grinding Machine
10
Universal Grinding Machine
2
Tool Grinding Machine
3
jig Grinding Machine
4
NC Profile Grinding Machine
2
Wire & EDM
NC Wire Cutting EDM
11
NC EDM Machine
9
Pin Hole EDM Machine
1
Heat Treatment
Vacuum & Quenching Machine
1
sub−Zero Treatment Machine
1
etc.
Band Sawing Machine
1
Measurement device
3 D-Coordinate Measurement Machine
2
その他、多数の測定装備保有
 

 同社の金型技術の沿革を見ると、

  1976年:金型製作と量産開始
  1982年:オーディオデッキ等小型精密部品金型製作開始
 
 1989年:全国精密度競技大会大統領賞受賞
 
 1989年:金型専用CAD/CAMシステム導入
  1995年:精密試作品・簡易金型製作システム確立
  1995年:金型業界では世界初のISO9001取得
  1996年:3度目の全国精密度競技大会大統領賞受賞
  1997年:成形技術センター設置
  1998年:自動車部品核心部品開発
  2000年:金型大学開講
  2001年:「金型大学」で社長表彰「新知識人」受賞

 以上のように、同社の金型技術の歴史は、金型工場の立ち上げのときは日本人技術者の支援を受けてはいるが、そのの金型技術レベルアップのための苦闘の歩みでもあった。これまで、崔常務は「技能に理論武装を付加して、高度な金型作りができる技術者」を育てること一筋に歩んできた。「この結果を日本の金型技術と比べてみたい」とその苦労を語る。

 崔常務は、同社の金型は90%から95%が内製金型であり、その50%は海外工場で使用しているという。特に中国の東莞工場では一貫生産と金型製作が始まっている。ただし、まだ、難しい金型は本社でこなしているが、簡単な金型は現地生産している。表1は金型設備一覧。

 B 生産金型の種類

写真2 崔常務

 主要な金型生産は、高精密プラスチック金型(60〜70%)・プレス金型(30〜40%)の他、成形加工とプレス加工、精密メカ部品の組立、金型設計製造用ソフトウェア・DNCのソフトウェア・金型生産管理用ソフトウェアの販売も手掛けている。
  1)プラスチック金型:主な製品は、フライバックトランスファー・デフレクションヨーク・パソコンキーボード・レーザピクアップ等
  2)プレス金型:VTRデッキ・カムコーダーデッキ・DCモータコア・ヘッドホーンセテレオデッキ・チューナ部品等

写真3 工場にかかっているスローガン

 C「金型大学」設立で技能者から技術者へ

 同工場のメインフロアに入ると、否応でも目に入るのが「金型大学開講」という横断幕である。 2000年3月に崔常務が金型工場の意識改革と技術力向上のために、136余名の金型工場の職員に宣言した(写真2(崔常務)、写真3(工場にかかっているスローガン))。

表 2 三星電機の金型大学カリキュラム
No
 科 程 名
1
 射出金型理論および設計 (l , ll)
2
 Press金型理論および設計 (l , ll)
3
 金型基礎製図
4
 CAD CAM (l , ll)
5
 成形解析
6
 研削,金型材料理論および実務
7
 放電加工理論および実務
8
 Wire 放電加工理論および実務
9
 精密測定
10
 切削加工
11
 技能長科程

 「これからの三星電機の金型技術を世界に通じさせるために、“技能と技術”を結合する。そのために金型大学を開講する」と。

 当初、崔常務は136余名の職員が賛成してくれるかどうか、心配だったと振り返って話す。しかし、この大学に参加する出席率は95%を超え、職場から反対する声が聞かれなかったばかりか評判がよく、2001年の仕事始めの日に、社長から「新知識人」という表彰を受けた。かつて、職場の「ホームページ制作競技」でも社長表彰を受けており、これで2度目の受賞となる。
 この金型大学は、韓国の大学と同じカリキュラムを編成、講師陣は10年以上のキャリアを持つ課長クラスが勤め、1週間に1度、16時30分から18時30分の2時間の講義をする。成績により、優秀者は海外の展示会見学、人事考課上の評価や10万ウオンの商品券等のインセンティブが与えられる。
 表2は同社金型大学のカリキュラム、表3は韓国の4年生/2年制大学に設置されている「金型学科一覧」。

表 3  韓国の金型学科 4年/2年生大学
No
学校名
2001'卒業人員
学科名
教育期間
1
ソウル産業大学
61
金型設計科
4年生
2
釜慶大学
46
精密機械工学科
4年生
3
東ソウル大学
24
Computer 応用金型設計科
2年生
4
東義工業大学
38
金型設計科
2年生
5
水原科学大学
38
金型設計科
2年生
6
嶺南理工大学
11
金型設計科
2年生
7
蔚山科学大学
51
金型設計科
2年生
8
棚絶大学
30
金型設計科
2年生
9
全州工業大学
33
金型設計科
2年生
10
天安工業大学
6
金型科
2年生
 
合  計
338名
 
2年生


 D 金型工場の 6 Sigma


 今、日本でも注目されている管理手法である「6Sigma」による品質管理と生産性向上活動をこの金型工場で活発に展開している。すでに1年半の実践活動で、金型工場に適用して大きな成果が上がりつつある。
この6Sigmaは体系的な活動で、全ての問題点を統計的にデータ化して改善活動をする科学的な方法であり、今後、多くの金型メーカーにも導入が進むものと思われる。
 この6Sigma改善活動のプロセスは、金型の品質水準を最高(6Sigma)に導く手法であり、測定(M)、分析(A)、改善(I)、事後管理(C)の4段階のプロセスにより部品の品質を改善及び生産性を向上させる。崔常務はこの品質管理手法を実践することにより、「機械加工の精度向上・ジグの改善・最適加工条件へのデータベース構築等の改善成果を得た」という。

6)日本市場へ参入

 崔常務は、もともとプレス金型設計の専門家だったが、三星電機の金型工場を韓国国内のトップクラスに育て上げた。
その足取りは、金型設計の3次元ソリドモデルによるCAD/CAMシステムの確立、CAE、CAT、DNC金型加工技術の導入、恒温恒湿室化、サブミクロン測定技術、ISO9001認証取得、6Sigma改善活動の展開等により絶えず、金型製造のトップ技術を目指す執念を感じる。
 今、これらの成果を日本で実証すべく、外販を積極的に進めたいと崔常務理事と考えており、その中身は高精密のプラスチック及びプレス金型の輸出、金型は250トン以下の小型金型、納期は30日から60日、3次元CADにも対応する。さらに魅力的なことは、日本の金型コストより輸入しても安いことである。すでに日本の電気メーカーのプリンタ核心部品金型を成形屋さんに納めたが、評判がよいためリピートを受けているということからも理解できる。
 そういう意味で今年、韓国のトップクラスの金型を製造する三星電機金型工場が本格的に日本の金型産業に参入する方針を明確にしたことは、大きな話題になるだろう。

日刊工業新聞社 型技術5月号掲載
(有)アイ・ディー・オー・デジタル出版 井戸潔

 

copyright© Information Digital Office Inc.